日本自閉症研究助成会「自閉症と発達障害研究の進歩」終刊記念祝賀会
(2006年9月3日 14:00− 京大会館)


経過とお礼

イヤーブック「自閉症と発達障害研究の進歩」
編集委員会委員長 高木隆郎


 1985年(昭和60年)自閉症児の医療と福祉、教育のために生涯をささげ、念願である自閉症を含む精神障害児童の三重県立総合療育施設「あすなろ学園」を創設、開所式から5ヶ月、54歳の若さで病に倒れた児童精神科医十亀史郎君の自閉症児者への功績を継承発展させようと、主として十亀君の指導をうけた自閉症児たちの親たち、とくにお母さん方が中心になり、その年に「十亀記念実行委員会」を設けました。この会は十亀の著作集を出版したり、また毎年総会をもち、事例の研修や講演、そして養育に携わって優れた仕事をした方、また障害を持ちながらも人間として尊敬すべき生き方をしている自閉症の方自身を顕彰するなど、ユニークな活動を10年間続けました。私も十亀と師弟関係にあったためこの会にずっと関わらせていただいていました。1995年、10年でいったん閉じようということになり、もっと全国的な影響を持つ別の形の活動ができないかと会員のなかで熱心に議論されました。

 現在の日本の自閉症学はさまざまな理由で欧米と較べてあまりにも遅れている。海外の文献を紹介し、世界の自閉症研究では今何が問題になっているのか、研究者はもっと自覚を持って、その励みになるような自閉症学の最新の論文、重要論文を日本語にして紹介する書籍を毎年出版することなら私にもできるように思うと当時の役員の方に問うたところ皆さんの賛成をえました。一方、この計画をロンドンのM.Rutter 教授とノースカロライナのE.Schopler教授に相談したところ大乗り気で、編集委員を引き受けて下さいました。さっそく準備にかかり、1996年末、日本文化科学社から第1巻(1997)の発刊にこぎつけました。出版社の事情から第4巻からは星和書店(石澤雄司社長)にお願いすることになりました。巻が進むに従い、いろいろ難しい写真などの印刷や、海外原論文出版社、著者との交渉も複雑化の一途をたどりましたが、それら一切を引き受けてくださり、このようにして、今日、正しくは2006年8月28日第10巻が発行されたのです。

 諸般の事情から、なによりも編集委員会委員長の私、高木の高齢、能力の限界のため、また残念ながら後継者をみつけることができず、この10巻をもって終刊させていただきます。支えていただいた会員の皆様、刊行の当初資金700万円を提供していただいた十亀記念事業委員会、そして助成会以降多額のご寄付を続けて頂いた方々にお礼とお詫びを申しあげます。

 この10年、率直に言って私にとってかなりの苦行でした。途中2002年に、Prof.Rutter とProf.Schopler が示し合わせたように編集委員を辞退され、それぞれご高齢で、ご無理なお仕事を誠意を持って実行していただいており、立派な助言、論文の推薦、選考に感銘していたのですが、さすがに私一人残されて孤立感を抱きました。Prof.Schoplerは私より2つ年上ですから確かに大変だったと思いますが、それからすぐ2年は過ぎて、さらに彼よりプラス2年私は続けたことになります。そのProf.Schoplerが先日、2006年7月7日に急逝され、私は追悼文をこの10巻末に追い込み原稿として記さねばならないという辛い役割を引き受けることとなりました。Prof.Rutterは私よりさらに4年も若いのに、来年定年となるので秘書がいなくなるというわけです。彼らの生活からいえばそれはもっともな話ですが、私には初めから秘書などいないのです。もちろんお2人のご推薦でモントリオールProf.E.Fombonne(児童精神医学)とロンドンのProf.P.Howlin(臨床児童心理学)という現代世界最高の自閉症学者に後任をお願いすることができ、編集内容もよりいっそう斬新なものとなりました。しかし、とくに先のお二人が辞退を申し出られた頃から、私も知的能力、仕事の能率、体力ともども衰えを実感し、悪循環で時間的余裕がますます少なくなりました。本当に私のエネルギーの最後の一滴を搾り出すようにしてこの最終刊10巻が出来上がったのです。10巻終刊にあたり、わが国の自閉症研究のレベルを上げるという発刊当初の目的は、限度はあったものの、一定程度達成されたものと自ら総括しております。

 それを可能にしてくださったのは、まず会員の皆様がこの本を愛し、年1回の発行を待ち望んでくださっている声援で、それが事務局にひしひしと伝わってくるのです。そうしたご支持が、すでに喜寿を超えた私への圧力でありまして、また生きがいでもありました。

 第2に日本の編集委員会の諸先生、長崎の中根允文先生、岡山の古元順子先生、三重の奥野宏二先生、近藤裕彦先生、なくなられた久保絃章先生、そして内輪になりますが、とくに京都の石坂好樹先生、門眞一郎先生の熱心なご協力にとりわけ感謝しなければなりません。とくに最後のお二人はただでさえご多忙のなか、身近にいてたえず私を支え、一方的な要求を電話一本で引き受けてくださり、何よりも集まった翻訳稿を全部校閲して誤りを正し、日本語として読みやすい文章にし、訳語の統一を図っていただいたのです。これはたいへんな重労働であったことは皆様もお察しいただけると思います。

 第3に毎巻冒頭にすばらしい特集展望論文を寄稿していただいた先生、海外の原論文の翻訳をお願いした先生方、第3部の日本の状況等についてお書きいただいた先生方は全部で数十人に及びます。ほんの些少の翻訳・原稿謝礼でしたのに、熱心に仕事をしていただいたこと、協力していただいたことを感謝いたします。お一人も、また一言の不満も私の耳に入らなかったのは、奇跡のようなことだとさえ私は感じています。お願いした仕事の意義を十分に理解していただけたからだと信じています。

 第4に事務局編集部を支えてくれた人が二人の女性がいます。原稿と門、石坂先生の校閲、星和書店の間に関わる編集委員会側の煩雑な作業を一人で全部やっていただいたのが、高木神経科医院の職員で精神保健福祉士の松浦暁子さんです。それから助成会の財政、会員・会費関係、事務いっさいを引き受けてくれたのが高木神経科医院の事務長山上あり子さんです。この車の両輪が無ければ、われわれのプロジェクトそのものが存立しえなかった裏方の功労者です。それからもう一人は、星和書店の本書編集担当の畑中直子さんです。かなり荒っぽい原稿を、パーフェクトな作業で、立派な本に作り上げてくださった方です。この三人の裏方女性に編集委員長からお礼の品を用意してきました。この場をお借りして、皆様の前で贈呈いたしますので、どうか皆さん、拍手をもって私といっしょにお礼の気持ちを捧げてください。

 残念ながら後を託す人を見つけることができず、「自閉症と発達障害研究の進歩」は全10巻で終刊となり、編集委員会は解散となりますが、幸い、時をあわせるかのように編集委員の一人であるロンドン大学精神医学研究所臨床児童心理学部Patricia Howlin教授が来日されており、この会にお招きして記念講演として「自閉症とアスペルガー症候群の成人期の転機」について拝聴できる機会を得られましたことは、私たちにとって非常に光栄なこと、幸運なことでした。

 最後に編集委員会の上部支持組織である「日本自閉症研究助成会」も本日をもちまして、イヤーブックの刊行という主要なプロジェクトを終えて解散いたします。ただ本祝賀会の費用、第10巻の出版社への会員分の支払いその他財務がなお未処理であり、残務処理事務局をもうけて、当分同じ事務所で高木の責任で後始末を行います。最終的な決算はその後でないと正しくは分かりませんが、多少の残金が出るものと予想されます。もし皆様の承認が得られましたら、たとえばこのような海外のご高名な学者、研究者、実践者など来日された折、こうした講演会を開催するなど、自閉症研究の助成にあてようと考えています。もちろん今日までの会員の方には優先的に連絡しますが、一般にも公開にしますと、当日会費の徴収の仕方にもよりますが、あと何回か開催することができると思います。そのようにして、その残額がゼロになった時点で自然消滅とさせていただきます。勝手ながら趣旨ご理解の上、ご承認ください。

 以上をもちまして、私の経過報告と感謝の言葉を終わります。会員の方々、これまで10年間のご支持と今日のご参集、重ねて有難うございました。
 


←高木神経科医院ホームページへ